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東京地方裁判所 平成2年(ワ)9314号 判決

原告

中銀弥生町マンシオン

管理組合管理者

谷口秀樹

右訴訟代理人弁護士

服部邦彦

関本隆史

被告

大村英堯

右訴訟代理人弁護士

相馬功

井上玲子

主文

一  被告は、原告に対し、東京都中野区弥生町〈番地略〉中銀弥生町マンシオン三〇二号室のバルコニーの壁に取り付けた衛星放送受信用パラボラアンテナ一基を撤去せよ。

二  被告は、原告に対し、四万三二〇〇円及びこれに対する平成二年二月一日から支払い済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の一、二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一原告の主張

1  原告は、中銀弥生町マンシオン管理組合(以下「本件管理組合」という。)の理事長であり、建物の区分所有等に関する法律(以下「法」という。)にいう管理者である。

本件管理組合は、別紙(一)記載の建物(以下「本件マンション」という。)区分所有者全員によって構成される団体である。

被告は、本件マンション三階の三〇二号室の区分所有者であり、本件管理組合の組合員である。

2  被告は、昭和六三年六月末ころ、自室である右三〇二号室の南側に接続するバルコニー(以下「本件バルコニー」という。)の東端付近の手すり及びその直下の外壁部分に衛星放送受信用のパラボラアンテナ一基(以下「本件アンテナ」という。)を取り付けた。

3  しかし、本件アンテナの取付けは、以下の理由により許されず、被告は、本件アンテナを撤去すべきである。

(一) 規約及び使用細則違反

(1) 本件バルコニーは、中銀弥生町マンシオン管理規約(以下「規約」という。)五条、一一条により、被告の専用使用が許された共用部分であり、被告は本件バルコニーを「その通常の用法」に従って使用すべき義務があり(規約一一条別表第3)、また、「構造物、建築物等を構築、設置し、またはその外観、形状等を変更してはならない」義務がある(規約一七条二項)。

本件バルコニーに本件アンテナを取り付けることは、バルコニーを通常の用法に従って使用することではなく、また、バルコニーに構造物を設置し、その外観、形状を変更することであるから、被告の右行為は規約一一条別表第3及び一七条二項に違反する。

(2) また、規約一四条に基づいて定められた中銀弥生町マンシオン使用細則(以下「使用細則」という。)一条は、「共用部分に影響を与える変更をすること」(二号)、「建物外部よりの外観を変更すること」(三号)、「専用使用部分の外観を変更すること」(一三号)、「バルコニー、テラス、専用庭にサンルーム、物置、池等これに類する建造物を構築または設置すること」(一四号)を禁止しており、その四条は、「敷地、建物または附属施設に広告物、看板、標識等を設置すること」(一号)については事前に本件管理組合の承諾を要するものとしている。

本件バルコニーに本件管理組合の承諾なく本件アンテナを取り付けることは、右各号のいずれにも該当するものであるから、被告の右行為は使用細則一条及び四条に違反する。

(二) 総会決議事項違反

(1) 仮にしからずとするも、本件管理組合は、平成元年二月一五日の臨時総会において、次のとおり決議した。

①既に個人で衛星放送受信用のパラボラアンテナを設置している者は、将来本件管理組合が共同パラボラアンテナを設置した際には、これを撤去する。

②右撤去費用は撤去者の負担とする。

(2) そして、本件管理組合は、平成二年二月二五日までに衛星放送受信用の共同パラボラアンテナを設置した。

4(一)  本件管理組合は、平成元年一一月二六日の臨時総会において、次のとおり決議した。

①衛星放送受信用の共同パラボラアンテナを設置するものとし、その設置工事を平成二年二月上旬に予定する。

②工事業者は一〇八万一五〇〇円の見積金額を出したサイエンス電機として、全二五戸で戸別均等にその費用を負担し、各区分所有者はその分担金を平成二年一月末日までに納入する。

(二)  その後、本件管理組合は、平成元年一二月二〇日付の書面で、各区分所有者に対し、分担金四万三二〇〇円を平成二年一月末までに振り込むように通知した。

(三)  なお、規約六五条二項は、遅延損害金を年一四%と定めている。

5  原告は、規約七一条によって本訴を提起する権限を与えられている。

二被告の主張

1  被告が本件バルコニーに本件アンテナを設置していること(設置日は昭和六三年六月二八日)は認めるが、その設置場所は、バルコニーの壁であって手すりではない。また、設置の方法も、本件アンテナの支持部を本件バルコニーの壁に挟み付けてボルトで締付け固定しているものであって、壁に穴をあけたり傷つけたりはしていない。

2(一)  本件アンテナの設置が規約一一条別表第3及び一七条二項に違反するとの原告の主張は争う。

区分所有者の自由を制限する規約の解釈は厳格に行うべきものであって、拡大解釈することは許されない。そもそも衛星放送の受信はいわゆる個別受信が原則であって、NHKも、バルコニーないしベランダへの個別パラボラアンテナの設置を通常の方法として認めている。被告が本件アンテナを設置した昭和六三年六月当時及び現在、多数のマンションにおいてバルコニーないしベランダに個別のパラボラアンテナが設置されており、それは既に社会に定着し、日常化しており、また、都市の風景に溶け込んでいてなんらの違和感も感じさせない。バルコニーないしベランダに個別のパラボラアンテナを設置することは、エアコンの室外機を設置し、植木を置き、洗濯物やふとんを干すのと同じように、バルコニーないしベランダの通常の使用方法といえるのであって、それは、また、バルコニーないしベランダの外観、形状をなんら変更するものでもない。

(二)  本件アンテナの設置が使用細則一条及び四条に違反しているとの原告の主張は争う。

3  平成元年二月一五日及び同年一一月二六日に臨時総会が開かれたことは認めるが、原告主張のような決議がなされたことは否認する。

4  仮に本件アンテナの設置が規約に違反するとしても、①本件アンテナは被告が仕事上衛星放送を受信しかつ鮮明な画質を得るために必要なものであって、共同パラボラアンテナではまかなうことのできないものであり、②前記のとおり、衛星放送の受信は個別アンテナが原則であって、共同パラボラアンテナは、個別アンテナで受信できない人のために設置されるものであること、③本件アンテナは共同パラボラアンテナより約一年八か月も前に設置されていること、以上の点を考慮すると、原告の本訴アンテナ撤去の請求は権利の濫用というべきである。

第三当裁判所の判断

一認定

証拠(〈書証番号略〉、証人小峰正博、被告本人、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

1(一)  中銀弥生町マンシオン(本件マンション)は、昭和五七年一月に建設された鉄筋コンクリート造三階建の建物で、二五室があり(〈書証番号略〉)、区分所有権の目的となる専有部分と区分所有者全員の共有にかかる共用部分とから構成されている。

(二)  本件マンションの区分所有者は、昭和五七年三月、「中銀弥生町マンシオン管理規約」(規約)を定め、その後昭和五八年二月、区分所有者全員で構成される「中銀弥生町マンシオン管理組合」(本件管理組合)を設立した。本件管理組合は、昭和五八年法律第五一号による改正後の建物の区分所有等に関する法律(法)三条に定める「団体」としての機能を併有するに至り、管理組合の総会は同時に法三条の「集会」とされ(規約四七条)、管理組合の役員たる理事の互選によって選任される理事長は、法に定める「管理者」となるものとされている(規約三〇条)。右規約は、法附則九条一項により、法三一条の規定により定められたものとみなされ、右改正後もそのまま効力を有するものである。

(三)  原告は、平成三年七月一四日、本件管理組合の定期総会において理事長に選任されたものであるが、本訴提起当時の理事長は水口昇であり、規約七一条は、理事長に、組合員が規約等に違反した場合のその是正等を求める提訴権限を与えている。

(四)  被告は、昭和五七年五月、本件マンション三階の三〇二号室の区分所有者となり、本件管理組合の設立と同時にその組合員となって今日に至っているが、その間の昭和五八年五月から翌昭和五九年四月まで本件管理組合の理事長の地位にあった(〈書証番号略〉)。

2  被告は、昭和六三年六月二八日、費用約六万二〇〇〇円を支出して、自室三〇二号室の南側に附属するバルコニーの壁に直径約四七cmの衛星放送受信用のパラボラアンテナ一基(本件アンテナ)を取り付けた。その方法は、本件アンテナの支持部をバルコニーのコンクリート壁にその両面から挟み付けるようにして取り付け、これをボルトで締め付けて固定させるというものであり、壁に穴をあけるようなことはしていない。(〈書証番号略〉)

なお、その当時、被告の他にも三〇六号室の株式会社協同エージェンシーが個別の衛星放送受信用アンテナを取り付けていた。

3  本件バルコニーは、法二条四項にいう「専有部分以外の建物の部分」にあたるものと解され、したがって共用部分であり、区分所有者全員の共有に属するものである(法一一条)。規約でもそのように規定されている(規約五条)。

昭和六三年六月二八日当時及び現在の本件管理組合の規約一一条(共用部分の専用使用)及び一七条(専用使用部分の管理)は別紙(二)のとおりであり、規約一四条及び同条に基づいて定められた中銀弥生町マンシオン使用細則(使用細則)一条及び四条は別紙(三)のとおりである。

結局、本件バルコニーは、被告の専用使用が許されている共用部分ということになる。

4(一)  本件管理組合は、平成元年二月一五日の臨時総会において、次のとおり決議した(出席組合員数八名、委任状一五名)。(〈書証番号略〉)

①衛星放送受信用の共同パラボラアンテナの設置を時間をかけて慎重に推進する。

②既に個人で衛星放送受信用のアンテナを設置している者は、将来本件管理組合が共同アンテナを設置した際には、これを撤去する。

③右撤去費用は撤去者の負担とする。

(二)  この総会には被告の妻大村和子が出席し、共同アンテナが設置された際に個別アンテナを撤去するものとすることにつき反対の意見を述べたが、他の者の全員の賛成によって右のとおり決議された(〈書証番号略〉)。

5(一)  本件管理組合は、更に、平成元年一一月二六日の臨時総会において、次のとおり決議した(出席組合員数八名、委任状一六名)。(〈書証番号略〉)

①衛星放送受信用の共同パラボラアンテナを設置するものとし、その工事の着工時期を平成二年二月上旬とする。

②工事業者は工事費用一〇八万一五〇〇円の見積金額を出したサイエンス電機とし、右工事費用は全二五戸で均等に負担するものとし、その一戸あたりの分担金を平成二年一月末日までに本件管理組合の口座に振り込む。

(二)  そこで、当時の理事長島田昭は、平成元年一二月二〇日付の「衛星放送設備負担金について」と題する書面を各区分所有者に配付し、一戸あたりの負担額四万三二〇〇円を平成二年一月末日までに振り込むよう通知した(〈書証番号略〉)。

(三)  なお、規約六五条二項は、「組合員が期日までに納付すべき金額を納付しない場合には、組合は年一四%の遅延損害金を加算して請求できる。」旨規定している。

6  本件管理組合は、平成二年二月二〇日から業者をして衛星放送受信用の共同パラボラアンテナの設置工事を行わしめ、同月二五日、本件マンションの屋上にこれが完成して、同日以降各居住者は右共同アンテナによって衛星放送を受信することができるようになった(〈書証番号略〉)。

これに伴い、前記株式会社協同エージェンシーは自己が取り付けた前記衛星放送受信用アンテナを撤去した。しかし、被告は、右共同アンテナによる受信よりも個別アンテナによる受信の方が画質が鮮明であるとして、本件アンテナの撤去を拒否し、今日に至っている。

以上の事実が認められる。

二判断

1  本件アンテナの撤去について

(一) 規約一一条別表第3及び一七条二項違反について

(1) 規約一一条別表第3違反について

規約一一条別表第3は、バルコニーの専用使用の方法につき、別紙(二)のとおり「バルコニーとしての通常の用法」と規定している。

原告は、本件バルコニーに本件アンテナを取り付けることはバルコニーを通常の用法に従って使用することではないと主張し、被告はこれを争う。

そこで判断するに、たしかに、①被告が本件アンテナを本件バルコニーに取り付けた昭和六三年六月二八日当時においては、衛星放送受信用の個別アンテナをバルコニーないしベランダに取り付けているマンションは、ソウルオリンピックを控えて少なからずあったこと、②また、当時エアコンの室外機をバルコニーないしベランダに設置しているマンションも都内で数多くみられたこと、③他方、本件マンションには当時衛星放送受信用の共同パラボラアンテナは設置されておらず、衛星放送を受信するにはバルコニーに個別アンテナを取り付ける以外に方法がなかったこと、④被告が取り付けた本件アンテナはさほど大きなものではなく、特に美観を害するものとも思われず、その取付方法も、本件バルコニーの壁にアンテナの支持部を挟み付けるようにして取り付け、これをボルトで締め付けて固定させるというもので、壁に穴はあけていないこと、⑤本件マンションではエアコンの室外機はバルコニーに設置してもよいこととなっていること、以上の点に徴すると、昭和六三年六月二八日当時においては、本件アンテナを右のような方法で本件バルコニーの壁に取り付けることは、バルコニーの本来の使用方法とはいえないとしても、一応、規約一一条別表第3にいう「バルコニーとしての通常の用法」内にあったものということができよう。

しかしながら、右規約一一条別表第3にいう「バルコニーとしての通常の用法」であるか否かの判断は、固定的なものではなく、その後の社会状況の変化や本件マンションのもつ条件の変化によっても変り得るものというべきところ、現時点において、たしかに、①衛星放送の受信者はかなりの程度増え、その普及は着実に進み、現在衛星放送受信用の個別アンテナがバルコニーないしベランダに取り付けられているマンションは数多く見られること、②エアコンの室外機をマンションのバルコニーないしベランダに設置することは今や我が国においては常態化しており、多くのマンションでこれが許容されていること、③更に、マンションのバルコニーないしベランダは、植木を置いたり、物干し台を置いたり、洗濯物やふとんを干したりして使用されているのが実情であること、④他方、前記のとおり、本件アンテナはさほど大きなものではなく、本件マンションの統一美観を害するものとも思われないこと、⑤また、前記のとおり、本件マンションではエアコンの室外機はバルコニーに設置してもよいこととされており、現に設置している者がいること、以上の点は被告の指摘するとおりである。しかし、右①の点については、果して衛星放送受信用の個別アンテナをマンションのバルコニーないしベランダに取り付けることが許容された上で取り付けられているものかどうか必ずしも明らかでなく(管理規約等に違反しながらも事実上取り付けているのかもしれない。)、仮にこの点をしばらく措くとしても、①本件マンションにおいては、前認定のとおり、既に平成二年二月二五日に衛星放送受信用の共同パラボラアンテナが屋上に設置されるに至っているのであって、同日以降はこれによって衛星放送を受信することが可能であること、②そもそも本件バルコニーは本件マンションの全区分所有者の共有部分であって、被告はただ専用使用を許されているに過ぎないこと、③NHK、社団法人日本電子機械工業会等の四団体で構成されるテレビ受信向上委員会が発行した「マンションでの衛星放送受信の手引き」と題するパンフレット(〈書証番号略〉)にも、マンションでの個別受信についての留意点として「管理者の承諾必要」と明記されていること、等に鑑みると、共同パラボラアンテナが設置された右平成二年二月二五日以降は、本件マンションにおいては、もはや衛星放送受信用の個別パラボラアンテナをバルコニーに取り付けることは「バルコニーとしての通常の用法」とはいえなくなったというべきである。したがって、被告は同日以降これを撤去すべき義務がある。

尤も、たしかに、本件マンションにおいては前記のとおり規約にこれを許す旨の明文の規定がないにもかかわらずエアコンの室外機をバルコニーに設置することが許されるものとされており、現にこれを吊下げ形式で設置している者がいること、したがって、これよりもはるかに小さい本件アンテナをバルコニーに取り付けることがなぜ許されないのかとの疑問が生じようが、それは、一言でいえば、社会の状況や本件マンションのもつ諸条件からして、エアコンの室外機のバルコニーへの設置は「バルコニーの通常用法」であるといい得るのに対し、本件アンテナのバルコニーへの取付は「バルコニーの通常の用法」であるとはいえないからである。仮にこの点を譲って、エアコンの室外機のバルコニーへの設置も「バルコニーの通常の用法」とはいえないとしても、本件マンションにおいては、もともと居室の壁に穴があけられていてエアコンの室外機をバルコニーに置くことが当初から予定されているものと認められるから(証人小峰正博)、いわばエアコンの室外機をバルコニーに設置することは区分所有者全員の承認するところといってよく、これと本件アンテナとを同列に論じることはできないのである。本件アンテナの取付けも総会において承認されれば当然に許されるものとなるのであるが、現在のところその承諾はなされていない。エアコンの室外機をバルコニーに設置することを承認して衛星放送受信用の個別パラボラアンテナをバルコニーに取り付けることを承認しないのは、まさに現在の本件マンションの区分所有者の価値観にほかならない。

(2) 規約一七条二項違反について

原告は、「本件アンテナを本件バルコニーに取り付けることは、バルコニーに構造物を設置し、バルコニーの外観、形状を変更するものである。」旨主張するが、本件アンテナをバルコニーに取り付けることは、未だ規約一七条二項が禁止する「構造物の設置」にはあたらず、また、同「バルコニーの外観、形状を変更すること」にもならないというべきである。この点に関する原告の主張は採用することができない。

(二) 使用細則違反について

また、原告は、「本件アンテナを本件バルコニーに取り付けることは、使用細則一条で禁止された「共用部分に影響を与える変更をすること」(二号)、「建物外部よりの外観を変更すること」(三号)、「専用使用部分の外観を変更すること」(一三号)、「バルコニー、テラス、専用庭にサンルーム、物置、池等これに類する建造物を構築または設置すること」(一四号)にあたり、使用細則四条にいう本件管理組合の承諾なく「敷地、建物または附属施設に広告物、看板、標識等を設置すること」(一号)にあたる。」旨主張するが、賛成することができない。

(三) 総会決議事項違反について

なお、仮に、被告の主張するとおり、本件アンテナを本件バルコニーに取り付けることが「バルコニーとしての通常の用法」に含まれるとしても、前認定のとおり、本件管理組合は、平成元年二月一五日の臨時総会において、「個人で衛星放送受信用のパラボラアンテナを設置している者は、将来本件管理組合が共同パラボラアンテナを設置した際には、これを撤去する。」旨決議しているのであり、かつ、後記(四)で述べる事情を考慮すると右総会の決議が特に不当、不合理なものであるとは認められないから、被告は右の決議に従って、本件アンテナを共同パラボラアンテナが設置された平成二年二月二五日以降撤去すべきである。

(四) 「権利の濫用」について

被告は、「仮に本件アンテナの設置が規約に違反しているとしても、本件アンテナは被告が仕事上衛星放送を受信しかつ鮮明な画質を得るために必要なものであって、共同パラボラアンテナではまかなうことができないものであり、また、衛星放送の受信は個別アンテナが原則であって、本件アンテナは共同パラボラアンテナよりも先に設置されていたものであることを考慮すると、原告の本訴アンテナ撤去の請求は権利の濫用である。」旨主張する。

たしかに、前認定のとおり、①衛星放送受信用の個別パラボラアンテナがバルコニーないしベランダに取り付けられているマンションは数多くみられること、②また、エアコンの室外機をマンションのバルコニーないしベランダに設置することは今や我が国では常態化しており、現に本件マンションにおいても、エアコンの室外機をバルコニーに設置している者がいること、③更に、現在、マンションのバルコニーないしベランダは、植木を置いたり、洗濯物やふとんを干したりして使用されているのが実情であること、④本件アンテナはさほど大きくなく、それをバルコニーに取り付けたからといって、本件マンションの美観や交換価値を格別下げるものとは思われず、本件アンテナを本件バルコニーに取り付けることによって他の区分所有者が被る損害ないし不利益は、ほとんどが精神的なものにとどまり、財産的損害ないし不利益はまずないといっても過言でないこと、以上の点はこれを認めるにやぶさかではないが、しかし、①本件バルコニーは全区分所有者の共有部分であって、被告の専有部分ではなく、被告はただ単に他の区分所有者から通常の用法に従った専用使用を許されているにすぎないこと、②本件マンションには既に衛星放送受信用の共同パラボラアンテナが設置されていて、被告はこれによる受信が可能であること、③本件アンテナの撤去は極めて容易であり、また、被告が本件アンテナを取り付けるために支出した費用も前記のとおり約六万二〇〇〇円程度にとどまっていること、④本件マンションに共同パラボラアンテナが設置されてから(したがって、被告が撤去義務を負うに至ってから)既に約二年近くが経過していること、⑤前記株式会社協同エージェンシーは、共同パラボラアンテナが設置されたことにより、特に異議なく自己が取り付けた個別アンテナを撤去するに至っていること、⑥被告は、いやしくも本件マンションの区分所有者であり、また、かつては本件管理組合の理事長をつとめたこともあるのであるから、不満ではあろうがいさぎよく規約及び総会の決議に従うことが望まれること、以上の点を考慮すると、仮に被告が強調するように個別受信による方が共同受信によるよりも画質が鮮明であるとしても(但し、画質を鮮明にするものとして室内用電波増幅器が市販されている。)、なお、原告の本訴アンテナ撤去の請求は権利の濫用であるとはいえないというべきである。

2  共同アンテナ設置費用の分担について

次に、共同アンテナ設置費用の分担について判断する。前認定のとおり、本件管理組合は、平成元年一一月二六日の臨時総会において、「衛星放送受信用の共同パラボラアンテナの設置工事費用一〇八万一五〇〇円を全二五戸で均等に負担し、それを平成二年一月末日までに本件管理組合に振り込む。」旨を決議し、次いで当時の理事長島田昭が一戸あたりの負担額を四万三二〇〇円としてこれを平成二年一月末日までに振り込むよう書面で通知し、その後共同パラボラアンテナが完成して現に被告はこれによる衛星放送の受信が可能なのであるから、被告は、右分担金四万三二〇〇円とこれに対する平成二年二月一日以降の年一四%の割合による遅延損害金を本件管理組合に支払うべきである。

被告は「右決議は、衛星放送を受信したくない者あるいは受信しない者にも衛星放送受信用の共同パラボラアンテナ設置工事費用を分担させるものであって、不当である。」旨述べるが、(〈書証番号略〉)、衛星放送受信用の共同パラボラアンテナを設置するか否か及び設置するとした場合にその費用をどのように分担するかは、当然総会で決議することのできるものであり、むしろ「共用部分の管理に関する事項」(法一八条一項)または「組合員の全員の共同の利益に関わる基本的重要事項」(規約五四条七号)にあたるものとして総会で決議すべきものと考えられるところ、前示のとおり、衛星放送の受信はかなりの程度で普及しており、それは今や決して一部特殊な者の趣味・嗜好の問題ではないこと、共同パラボラアンテナ設置工事費用を分担することによって、区分所有者は、誰でもいつでも直ちに衛星放送を受信することができるようになるのであって、決して負の面ばかりではなく、利益も受けるのであり、衛星放送受信の設備が備っていることによってひいて本件マンションの交換価値も高まること、これらの点を考慮すると、右決議が不当、不合理なものであるとは到底いえず、被告は右決議に拘束されるというべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官原田敏章)

別紙〈省略〉

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